釣行記 2018 ③ 9月中旬 南会津2018/10/12 13:59

2018年9月中旬に今シーズン3回目の釣りを楽しむ機会がありました。
年に1回だけ会えるテニス繋がりのキャンプの友達と南会津でキャンプと釣りを楽しみました。実は今シーズン①福島 いわき ②岩手 気仙川 ③福島 南会津 ④岩手 気仙川と全部で4回の釣行機会があったのですがブログに書くのはこの3回目が初めて。魚も数匹釣れたし、まずは手っ取り早い感じがしたので(^^;


7年4か月に亘る原発事故の避難生活を終えて神奈川から福島の浜通りの自宅に帰還して2月も経っていませんでしたので、いつものキャンプ場に今年も参加できるのかどうか分かりませんでしたが、そもそもキャンプはあるのだろうか・・・などと思っていたら、南会津のキャンプ場予約したからと友人からメールが入り、しかも浜通り経由で南会津まで連れて行ってくれるとのことで助かりました。
翌朝、前日に泊まりに来てくれた友人と浜通り中部の町から常磐道、磐越道経由で会津入りし、南へ下って南会津入りし、東京方面から来たキャン友と合流し買い出しをしました。朝から降り始めていた雨もキャンプ場に到着する頃にはしだいに止み始めました。
雨が再び来ないうちにとテントを設営し買ったおにぎりなどで昼食、再会を祝して乾杯をしました。年に1回のキャンプなので四方山話に花が咲きました。そしてもう4時、日が暮れないうちに釣りをしておかないとです。日没まで竿を振ることにしました。
ここはキャンプ場に隣接して渓流があるので直ぐ竿を出せますが、入渓し易す過ぎるので常に釣り人の姿があって魚の警戒心も高まってます。でも好きな時間にキャンプと釣りをセットで楽しめることが一番のメリットです。馴染みになってもう20年くらい毎年皆で行っています。
釣り始めて堰堤下は餌やルアーに攻められてぜんぜん反応がありませんでした。いつも時間をかけてキャスティングを楽しむ場所が今年は著しく浅くなっていて深さがあるのは小堰堤の上の10メートルくらいの流れでした。反応もありませんでしたがしぶとく1時間くらいフライを流し続けて魚が出たのは日が落ちたころで薄暗くなっていました。最初の日に嬉しいイワナが釣れました。
天気は曇り空が多くてキャンプに付き物の雨も楽しめました。弱い雨だったので釣りをするにはさすけねがったです。
2日目は朝からスパゲティを作ってワインで楽しんだりウクレレを弾いたりして充実した午前中を過ごしたので釣りに出かけたのは昼過ぎで、満腹になった腹ごなしをする感じでした。竿を出して直ぐにイワナがヒットしました。これまでずっと魚には巡り合えなかった場所なので気持ち良かったです。しかしこの直後からお腹の具合がチョベリバになってしまいました。釣行している間に2、3度トイレへ直行しました。朝から胃に詰め込み過ぎたのがいけなかったんですね。それでももう1匹ヒットしてネットに収めることができました。型の良いイワナでした。しかし、写真に収める前にネットから流れへ帰って行ってしまいました。写真に残したかったなぁ、残念! 
福島への帰還を準備したり、帰還後の整理などで釣行できない日々が続いていたので今年もキャンプに誘って頂いてちゃんと流れに立てたことは最高でした。飯より好きな忘れていたものを思い出せました。
3日目は朝食前の1時間だけチャレンジしましたがノーフィッシュでした。
友が作るダッジオーブン料理やお酒は思いっきり楽しめませんでしたが、翌日テントを撤収する頃には幸いにお腹の状態はほぼ回復していました(*^-^*)
そうそう何か野生動物に温泉に行っている間に料理を食べられてしまいました。近くにいたのはなんと可愛い猫でした。温泉の民宿の猫だそうです。とてもグルメな猫です。

福島の名峰 磐梯山


磐梯高原SAで喜多方ラーメン

会津若松の鶴ヶ城







何度かフライを流すうちに来てくれたイワナ

この流れでヒット

攻められる堰堤下のプール

堰堤上のポイントはあまりしつこく攻める人はいないので狙い目

日が暮れてようやくヒット

沢山ライズしていた流れは砂利が堆積して全体的にメリハリのない流れになってしまっていました。

右側の木の下からの流れで良くヒットしたんですけどね・・。


この釣行で一番型の良いイワナが出たポイントは橋の下でした。
油断をしていたらネットから出て行って撮影できなかったのが残念。

ダッジオーブン料理の達人の釣友の竿はしならなかったそうです。



曇りや雨の多い天気で青空を見れるとほっとします、




でかいキノコが生えていました。




到着した日に食べた昼食 おにぎりを2個も食べてしまったのは私だけでした。このときは調子良かったよ。

三角のは磐梯山をモチーフにしたパンです。


ギターの弾き語りいいっすね!

豚汁とおもちゃのオカリナ

燻製

ダッジオーブン タンドリー風味の丸鳥

朝からパスタ パスタと日本そばの麺類は私が担当しました。

秋のキャンプはサンマが定番

日本そばも定番になりました。


薬味を充実させるとめちゃ美味しいです。

ダッジオーブン料理 スペアリブ

これもダッジオーブンで作ったチーズケーキ


帰りも浜通りまで送って頂きました。ありがとうございます。


帰宅後キャンプ場で拾った栗で栗ご飯を炊いてもらいました。自然の甘さが美味しかったです。

原発避難 169 「帰還」2018/09/05 11:00


2018年7月18日に両親が、28日に自分が福島の浜通り中部の自宅へ戻り、原発事故避難からの帰還が完了しました。2011年3月11日の大震災の翌日の早朝に、どうせ2,3日の念のための一時避難だろうと愛猫のびのびを残したまま家を出て事態は現実になり、どんどん酷くなり、家からどんどん遠ざかり、数か所の避難先を変えて生活し7年4か月余りが経っていました。その間、最初の一か月に意を決して愛猫の救出劇がありました。家でずっと待って居てくれました。奇跡とも思える色んな幸運が重なって生きて来れました。
避難指示から6年、去年の4月に避難指示が解除されて帰還できることになっていましたが、現実に帰還するための家の準備や町のライフラインの整備状況をみたり、仮の住居となった横浜の生活や通院への区切りと引越し作業に時間がかかりました。もちろん線量が落ちたとはいえ放射線への不安はありましたし、環境が激変することへの心の準備が必要でした。
避難生活中に出会った人との別れもありますよね。住み慣れた街への別れもあります。この青空を見るのは今日が最後になるのかな・・・とか、これが最後の買い物か、何か買って置く物はなかったか・・・とか最後に食べておくべきものは何かとか・・・観光旅行をやめて直ぐ帰るというわけにはいかないのです。
病気を持つ高齢の人間の帰還も大変なのですが、愛猫のことが気がかりでした。全身麻酔で獣医の施術を受けていた持病がありがなら長い避難生活を乗り切ったものの福島の生活に馴染めるのか、獣医に同じような措置を受けることができるのかどうかがとても心配でした。そしてすっかり都会の猫になってしまって自然豊かな場所で行方不明になったらどうしようかと・・・。

先に帰還した両親は早速緊急病院の世話になりました(^^; 担当した医師から自分の居る横浜へ電話があり、横浜の病院での病状と措置について聞かれました。横浜で抑えられていた精神的な不安が帰還先で出てしまったのかもしれません。直ぐに対応してくれる病院があってよかったそう思いました。

愛猫は福島への移動中の車中でもずっとバスケットの中でわりと静かにしていました。福島から横浜へ来たときはずっと鳴いていて困ったんだけど。みんなの協力で落ち着けたんだね。

福島の自宅に到着してすぐ愛猫にリードを着けました。どこかへ走って行ってしまったら困りますから。バスケットの中から出された愛猫は周りの様子が一変しているのにびくびくでした。震災のあった年まで2年近く一緒にいた愛猫らあらに、帰ったよと挨拶しました。

帰還2日後とても暑い日に引っ越しの車が沢山の荷物を運んで来ました。この日から2週間ほど荷解きと部屋への移動と整理に忙殺されました。その間、人も猫も少しずつ平常を取り戻しました。

スーパーやホームセンター、ドラグストアと百均のあるショッピングモールで食料品や生活用品はほとんど手に入ります。診療所や緊急病院も町にあるので差し当たって困るようなことはありません。ないのは床屋かな。

ほとんど更地になったご近所さんは誰もいません。いるのは先住者のイノシシファミリーとハクビシンです。それと復興作業や除染作業などのために行き交う沢山の車です。
時々親戚の人や以前の家族の知人が訪ねてくれます。人が住んでいないから寂しくてしょうがないということはありません。

横浜の青い空へさよなら

住み慣れた街や散歩道にさよなら

両親の月いちの通院の帰りに食べた鴨南蛮は美味しかった。

ハン・ソロ 貰ったチケットで映画も観れました。久々のスターウォーズ結構面白かった。

最後に行った街は渋谷でした。欲しかった釣り道具はゲットできませんでした。

休憩したのはジャズ喫茶。

レコードを聴きながらバーボンを飲みました。

横浜でその綺麗さを知った夜に咲くカラスウリの花

横浜で見る満月・・・福島でも同じように見れるんでしょうけど。

ひとつの部屋に枕を並べた部屋、何度か緊急病院へ救急車で運ばれて事なきを得た長い避難生活にもお別れ。

愛猫のびのびも新しい環境に良く慣れてくれました。還りは新しいバスケットで泣かずに居てくれるかな・・。

新調した移動用のバスケットと温度の下がるクッション

まったく別の環境へタイムスリップしてしてしまった愛猫

私は誰?ここはどこ?状態

リードを着けたまま庭を探索

愛猫らあらに ただいま!

ひとり誰もいない二階の部屋に上がって横になっていたのびのび。あ~楽になれた♪

よかったね(^^)

らあらが居た場所に戻りました。

皆で帰還を祝って乾杯!

スーパーで買ったカツオの刺身が美味かった!

周りに住んでる人は自分たちの他に誰もいないので人家の明かりはない。

街燈の明かりがなかったら真っ暗闇。

自分の部屋で寝れる幸せ。20110311の朝起きて以来。新しい羽毛布団で。
一時帰宅の時に入っても他人の部屋みたいだったのがようやく自分の時空間に居ると感じられるようになりました。

目の前の景色は子供の頃から見ていたいつもの景色。田んぼに稲の穂はないけれど。

福島の青い空と横浜の青い空に違いはない。もう空を仰ぐ度に、この空はあの空へ続いている・・・と思うことはない。

避難中にどんどん増えて行った家財道具がトラックいっぱいに積まれてやって来た。

一つの部屋を占領してしまった荷物。不思議だけどまだ見つからないものがある。どこへ行ったんだろう・・・。

福島の月はどこで見ても同じ月

花の数を増やす庭の百日紅(サルスベリ)

少しずつ自分のお家にしておくれ。

のびのびできる自分の空間にしておくれ。

原発避難 168 「はま&のび 2011 ①」2018/06/18 12:11


はまとのび 2011 ~猫の原発事故避難①




1 地面が滅茶苦茶揺れた次の朝はまのびや皆が急に姿を消して僕は家の中に一人残されたんだ。何日も猫顔袋のご飯を食べた。赤い魚が書いてある袋のも。或日袋が空っぽになった時車の音がしてはまのびの声が聞こえた。急いで外に出た。顔を見て僕はニャ~~ン!と大きく叫んだんだ。



2 のびのび~生きてた元気で良かった!てはまのびは言ってた多分。僕はゴロンゴロンした。安心した僕は立派な💩しちゃった。あれ緑色!鯉の餌食べたからなてはまのび喜んでた。車のエンジンの音がして僕は乗せられた。ニャーニャー泣いたよ何処に行くか不安だったから。

3 はまのびの車はどんどん家から遠ざかるみたいだった。少し開いた窓から春風が入って来てた。曲がりくねった道で左右に揺られた。暫くして車が停まった。外を見ると怖いマスクの白い服のオジサン達が道で作業をしてた。僕は気が動転して開いてる窓から外に飛び出しちゃった。

4 僕は次々起きる色んなことにビックリして気づいた時にははまのびの車の窓から飛び降りちゃってた。車は走り出してどんどん小さくなっちゃった。目の前にいる白いオジサンたちから近くの建物に逃げた。嗅いだことのある動物の糞の臭いがした。あの角のある大きな動物がいた。

5 僕は知らない家の納屋でじっとしていた。また1人になっちゃった。白いオジサン達はいなくなり夜になった。周りにいた角の動物も静かになった。人の気配はない。はまのびと離れ離れになるのかな。そう思った時僕の目の前に白い猫が2匹現れた。毛が長くてふさふさしてる。

6 僕の目の前に現れた双子の白い猫は納屋のあるこの家に住んでいるみたいだ。僕と同じようにご主人様に家に残るように言われたんだと思う。どこから来たの? 大丈夫、ここに居ても良いからねと言ってくれた。その夜は何も食べずじっとして居た。静かな夜だ。

7 暗闇が段々明るくなって朝が来た。モ~、モ~鳴き声が聞こえる。天気は良さそうだ。双子の白いふさ毛の猫がやって来た。おはよう。じっと待ってなさい、大丈夫って話しかけて来た。人の気配は本当にない。暫く時間が経った。納屋に光が入り始めた。あの声が聞こえた。

8 のびのび~の~びのびのび~と僕の名を呼ぶ声が遠くから聞こえる。少しずつその声が近づいて来た。ニャン…僕は用心して小さい声で応えた。双子の白い猫がその声に向かって走って行った。のびのび?ニャン…。のびのび?ニャン…僕は身体を起こした。目の前に白い人が現れた!

9 の~び!白い服の人は僕に向かって叫んだ。はまのびだ!でもなぜか僕はニャンと小さい声しか出なかった。双子の白い猫は良かったねと言って家の庭へ走り去った。はまのびは目の前に来てゆっくり手を伸ばして僕の身体を両手で持ち上げた。僕は身動きできないほど強く抱き締められた。

10 はまのびに強く抱きかかえられて僕は納屋の外に連れて行かれた。お日様が眩しい青空だった。見つかったの!何処にいたの?ばあばが喜んで声を上げた。のびちゃん良かったな!じいじもいた。僕ははまのびに籠に入れられて揺れる車の中、気づいたら自分家へ戻って来てた。もうビックリ、ドキドキするような事ばかりで長い間冒険をした感じだよ。家で少し休んだ後また車に乗せられて暫く時間が経った。はまのび達はずっと話してた。今度は僕は泣かなかった。安心出来たから。

11 僕は猫のびのびを車に乗せ再び自宅を離れ浜通りの南へ向かった。今度はアクシデントが起こらないように籠の中に入って貰った。途中、昨日のびのびが車から飛び出してしまい、2匹の白い猫に守られ奇跡的に救えた家の前を通過した。ありがとう君達、家族が直ぐ迎えに来てくれますように!諦めろと言われたけどそんなことは出来ないと眠れないまま郡山から長駆朝一で探しに来て本当に良かった。

12 のびのびと一緒に僕は浜通り南部の叔母の家で一晩お世話になった。両親は既に3月からひと月お世話になっていた。猫嫌い?大丈夫?のびのびを籠から出しリラックスさせた。餌を美味しそうに食べた。初めて過ごす他人の家でもおとなしくしていた。布団の上で喉をゴロゴロ鳴らすのびのび。長い一日だった。無事救い出せたことに感謝し目を閉じた。



13 昨日の湯気の上がる夕飯は忘れられない。美味しい朝食を頂いてからのびのびを籠に入れて出発した。浜通りから中通りの郡山へ行き避難所のビッグパレットを引き払いその日のうちに妹のいる横浜へ行くと決めていた。車は山間部の国道を西へ走り続けた。状況と環境の目まぐるしい変化、のびのびは籠の中で再び鳴き始めた。