白鳥たちが鳴いてる(7)2013/01/15 18:58

2008年

私は3月末で30年間働いた職場を辞めて横浜から故郷に移住し、
近くの紅葉川や里山を散策する機会が増えていた。
コバルトブルーとオレンジ色のカワセミを見つけたときは感動した。

2008年11月15日午後

白鳥たちが家の上をクウクウ鳴いて飛んでいるのを見て紅葉川に行ってみた。
今年も来てくれた。


冬を告げに来たのか、大池に帰るのか・・・・。



着水前の白鳥。


鴨が多いかも・・・。



鴨の勢力が大きくなった。


白鳥と餌を取り合っている状況。


ともかく仲良くやって欲しい。




白鳥たちを歓迎するように土手に生える菊が花を咲かせていた。


夕暮れが訪れた。自分も夕食に帰らないと。


この猫ちゃん付近の家の猫。
津波から逃れていてくれたら・・・いいなあ。



2009年


白鳥の数少ない携帯ショットがありました。

2009年11月28日午後


ひとつのファミリーが飛来していた。



白鳥飛来激減か・・・・



2009年12月14日記念すべき日。

小さい猫が我が家にやって来た。
「らくらく」


のびのびよろしく。





つづき・・・ます。

白鳥たちが鳴いてる(8)~ラスト2013/01/15 21:22

白鳥たちが鳴いてる・・・
もこれが最後です。

2010年10月

あの日へのカウントダウンが始まっています。
2011.3.11東日本大震災。
愛猫らくらくの命。


庭や田んぼで遊ぶ らくらく と のびのび。



元気な新参者にとまどうのびのび。オレは先輩。



若武者に成長したらくらく。



2010年10月23日朝


寒い朝、紅葉川に行ってみた。


ひとつのグループが飛来していた。


橋の上、上流に彼らは憩っていた。




はしゃいでいるのかな・・・けんかかな・・・。










ワルツを踊っているよう。




羽を休めている。







シベリアからの長い旅ご苦労さん。


付近の人家に咲いていたコスモス。






打ち寄せる波は勢いがあった。気温と海水温の差で湯煙が上がっている。


2010年12月21日
午前

海は荒れていた。奥に見えるのは東電福島第二原発防波堤。


青松にとまるサギ。


餌を探す白鷺と白鳥。


仲良し。










争う相手もなくのんびり。


鴨ものんびり。


ところが・・餌が来るともう・・・・。


鴨と白鳥の間で争奪戦。


鴨の圧勝!


のんびりした里川、里山でした。



年が変わって・・・・・・



2011年2月20日
午前
震災前最後に見た白鳥たち。

まだ白鳥たちが残っていました。




鴨も白鳥も少ない。


ひと家族かな。


白鳥は七羽。




シベリアに帰るタイミングを見計らっているのかな・・。






福島の早い春が名残惜しそう。


太平洋も静かな日だった。



鳥インフルエンザ防止の影響もあってか白鳥に会いに訪れる人もあまり見かけなくなり、
白鳥も来ているのか、いないのかという状況になっていた。
紅葉川河口は護岸工事が進み浜街道延伸のための架橋工事が行われていた。


この後家族の重篤な病気での緊急入院やいわき市の病院への見舞いでバタバタした毎日。
強い地震の頻発、
愛猫らくらくの行方不明と続いた日々。

そして3・11・・・。
その日の朝、らくらくは帰らぬ姿で見つかった。


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2011年3月11日午後地獄のような地震、津波に襲われた。
そして
東電福島第一原発の過酷事故。




もうこの景色の中に立ち入ることができない。

戻りたくても戻れない人もいる。
諦めた人もいる。
二度と生きて故郷の土を踏めなくなった方もいる。

皆景色から遠ざけられた。

近くの里山、里川の見慣れた美しい景色。
それは一瞬一瞬のつながりだということを教えられる。
いつ終わってもおかしくない。
まさに一期一会。


この景色はもう
記憶と記録の中にしか
ない。

白鳥たちの鳴声はもう聞こえない。

来て笑顔をくれた白鳥たちにありがとうと言いたい。